
Aya
AK留学生

「いつか、娘と異国で一緒に生活してみたい。」復職を数ヶ月後に控えたある日、そんな長年の夢を、育休中の今だから実現できるのでは?と思い、思い切って決断しました。
実は最初からフィリピン留学を考えていたわけではなく、学生時代にカナダ・バンクーバーでの留学経験があったので、カナダに戻りたいと考えていました。
しかし、フィリピンにはベビーシッターのサポートが整っている学校があると知り、2歳の娘とともに留学できるフィリピン・セブへの留学を選びました。
幼い娘との海外生活は、やはり不安もありました。最初の数日は特に、本人も環境に戸惑っていた様子でした。
1日目はオリエンテーションで朝から一緒に学校へ行き、2日目からは本格的にベビーシッターと2人きりで過ごす生活が始まりました。
その日の夜には、「学校に行かないで」と寂しそうな様子を見せ、3日目の朝からは、私が学校へ向かおうとするたび泣き出すようになってしまったので、自分の選択が間違っていたのかなと思う瞬間もありました。
しかし、1週間ほど経つと娘もしだいに環境に慣れ、ベビーシッターの腕の中でお昼寝できるようになりました。
ベビーシッターとは事前に交換していたメッセージアプリで毎日やりとりしていましたが、日中の娘の様子を伝えてくれたり、写真や動画を頻繁に送ってくれるなど、親としても非常にありがたかったです。
また、私の通っていた学校にはキッズクラスもあるので、娘を含め校内で泣いている子供をよく見かけましたが、学校のスタッフや先生方もみんな、あやし方が上手く、対応に慣れている様子で、そのアットホームな雰囲気と安心できるサポート体制が魅力的でした。

平日は毎朝、ベビーシッターが部屋まで来てくれるので、そのまま娘を預け、私は英語のクラスへ向かいます。授業はすべてマンツーマン。自分の成長が試される、1対1のレッスンです。授業は朝8時から午後5時頃まで続き、そのあと5時半には娘のお迎えに行きます。
クラスの合間には、ランドリーに行ったり、銀行ATMを使ったり、必要なものを買い足したりと、生活の一部として英語を使うシーンがあり、その問答無用の緊張感のようなものが、実は一番の学びだったのかもしれません。
ランチの時間にはオーダーしていた娘のお弁当を届けるため、学校から徒歩5分の住まいへ毎日戻っていました。ただ、私の顔を見るとやはり寂しくなってしまうようで・・そこで、ベビーシッターのアイデアで、なるべく顔を合わせないようにしてみることにしました。お弁当はドアの前に置き、そのあとベビーシッターが取りに行く方法です。
すると、それまでよりも環境に慣れるスピードがぐっと早くなり、娘も少しずつ安心して過ごせるようになりました。
毎日忙しいスケジュールではありましたが、英語を学びながら生活の中で使う環境はとても充実していました。ベビーシッターとのやり取りもすべて英語だったため、英語をツールとして使う感覚も自然と身についていきました。
育休中の専業主婦のような生活から、異国の環境で、違う言語を使って過ごす日々はとても新鮮でした。母としての自分だけでなく、自分自身の時間を主体的に使いながら学べたことが、今回の留学で一番よかったことだと思います。
平日は十分な時間を確保できなかったため、土日は娘がやりたいことを全力でやりました。行きたいと言ったところに出かけ、部屋に戻ってお昼寝、涼しくなった夕方頃に起きて、体力があればまた出かけたりしました。
私たちが滞在していた時期はちょうどイベントが盛んな時期でした。フィリピンの人はお祭りが好きで、早朝から夜遅くまで街がとても賑やかでした。滞在していた部屋からは娘と一緒に花火を見ることもできました。
プールに行ったり、ギター工場に行ってお土産に娘用の小さなウクレレも買いました。学校でできた友達家族と一緒に外食をしたことも、いい思い出です。フィリピンで過ごす最後の日曜日には、海の見えるレストランを予約し、2人だけのちょっと贅沢なディナーも楽しみました。
平日は学校でお弁当を用意してもらっていたので、料理の心配も全くなく、家事は洗濯くらいなので、勉強に集中できました。
学校と住まい周辺はコンドミニアムや綺麗なお店が多く、ドアマンが全建物にいるのでセキュリティ面でも安心です。またフィリピンの人たちはとても温かく、子どもにもとてもフレンドリーで、ベビーカーで歩いていると娘に「Hello」と声をかけてくれることもありました。
エリア的にも衛生面や治安面も大きな心配はありませんでした。湿気や暑さがあったので、部屋で過ごすことも多かったですが、お部屋も快適でした。

留学前は育休中で、英語を使う機会はほとんどありませんでした。しかし留学中は、授業・ベビーシッターとの会話・日常生活、すべて英語です。その結果、咄嗟に英語が出るようになりました。
知らない単語があっても、知っている単語でどう伝えるかを考える力が身につきました。暮らしながら英語を使うことが、一番自然で効果的な学び方だったと再認識しました。
フィリピンの語学学校には一定数の日本人がいるのは知っていたのですが、実際に行ってみると逆に安心感がありました。
ベビーシッターや先生とはもちろん英語ですが、リラックスしたいときは学校にいる日本人留学生と日本語で話せる環境だったので、いいバランスだったと思います。英語と日本語を切り替えるトレーニングになりました。
英語は私にとって、あくまでツールのひとつです。でも、英語を知っているほど見える世界や得られる知識が広がり、コミュニケーションの幅も大きく広がります。今回の留学を通して、出会いやチャンスの可能性も増えていくのだと改めて感じました。
娘にとっても、大きな経験になりました。
帰国後は、英語への興味が増し、覚えた単語を使ってみたり、滑舌が良くなったりするなど、言葉の成長を感じました。現地では、ベビーシッターとの会話の中でも「Do you want to sleep?」という問いに対して「Hungry」と答えるなど、相手の言葉を繰り返すだけではなく、自分の言葉で伝えようとする姿も見られるようになりました。
また相乗効果なのか、日本語で気持ちを表現する力が身につきました。
私としか眠れなかった娘が、帰国後は夫とも眠れるようになり、夫も久しぶりに会った娘を見て自立している姿を感じ、「もう一度すぐにでも留学に行かせたい」と言っています。
空港では、たくさんの荷物を持ち忙しそうに移動する私の様子を見て、抱っこをせがむこともなく行動する姿もありました。通学がはじまってからも、最初は寂しそうにしていた娘が、「学校頑張ったね」と言ってくれ、私が学校に行っていることを理解し、応援してくれました。娘の中でもこの2週間でたくさんの葛藤があり、それが成長に大きく繋がったと思います。

今回の親子留学で得られたものは英語力だけではなく、お互いを信頼する気持ちや、環境の変化の中で前に進んでいくメンタルの強さなど、親子それぞれに大きな成長があったと感じています。
日本でも経験できることかもしれませんが、海外という環境の中で生活することで、自然とサバイバル力のようなものも身につきました。親子それぞれの時間を尊重しながら過ごすことで、お互いを信頼し合いながら生活していく力も育まれたと思います。
留学を通して、娘との関係も少し変わりました。親子というだけではなく、相棒のような感覚で、お互いを支えながら過ごしていた気がします。

AIが発達しているこれからの時代、英語を話せること自体は必須ではないかもしれません。それでも、英語というツールを通して自分以外の世界に興味を持ち、自分の目や耳で世界を感じることの大切さを娘には覚えていてほしいと感じました。
親子留学は、親が「行きたい」と思ったときがタイミングだと思います。子どものことを一番よく見ている親がそう感じるのであれば、きっと行けるし、やれるはずです。今回の留学を通して、そんなふうに思えるようになりました。